2026.04.22

ハート

-199-

本日もあけました!
4月22日は「地球の日(Earth Day)」。昨日触れた日本の大人の成績表どころか、全世界の大人の成績表に通じる話です。

Earth Dayの詳細については、アースデイ東京HPなどご参照いただければと思いますが、少し紹介すると、たとえば「自然を感じるために山に登る」「自転車に乗って自動車をボイコットする」など、それぞれが自由で多様なスタイルで”できることをする”ので良いらしいのです。1970年当時、最初のアースデイは全米で約2000万人がそのアクションに参加し、これがきっかけとなってアメリカでは環境省がつくられ、環境に関する法律も次々と制定されたそうです。日本の銀座で歩行者天国が始まったのも、アースデイがきっかけで、最初は自動車のボイコットとしてのアクションだったなんて、知ってました?

・1973年、世界的なシンクタンクであるローマクラブが、コンピュータによるシミュレーションで、「世界の人口、工業生産がいまのままの成長を続けるなら、食料不足や環境破壊によって地球の成長は限界を迎えるだろう」と未来を予測
・刊行した『成長の限界』で、地球温暖化の可能性にも触れていたが、当時の人々は「まさかそんなことが起こるはずがない」との反応

だったそうですが、結果、今では地球温暖化の臨界点を迎えるところまで来てしまったのは、連綿と続く大人たちの怠慢が招いた事態であり、言い訳の余地はありません。

ところで、かねてより大きな違和感を覚えていたのが、巷で耳にする「地球が泣いている」という表現です。コレは「100%嘘」ですね。なぜなら、泣くことになるのは確実に人間だからです。氷河期も地球はなんともなかったわけで、そこに住む生き物たちが大きな影響を受け、時に絶滅に至ることがありますが、温暖化になろうと寒冷化になろうと、地球はあり続ける。永遠と言わずとも、少なくともそこにいる人間、生物よりはずっと長く存在し続けるでしょう。
なので、こういうまやかしの様な言い方はしない方が良いと心底思います。いかにも学校の道徳の授業で扱いそうな表現に感じますが、明確に人間自身の「自業自得」となることに向き合うべきです。地球を主語にしている時点で他人事。地球からしたら”ちゃんちゃらオカシイ”的外れな主張で、もし地球が話せるなら「別にワタシはなんにも困らないけどね~」でしょう。

「アースデイの歴史」には

・私たちはだれも、この地球と100%関わり、家族や友人との間柄にも似た不可分の関係を持っている
・だからアースデイは、私たち一人ひとりのもの
・環境問題は、人と生物、地球、人と人のコミュニケーション問題ともいえる

・民族・国籍・信条・政党・宗派をこえて、だれもが自由にその人の方法で、地球環境を守る意思表示をする国際連帯行動
・すべての人が、同じ輪の上で自由に起こせる、世界初でおそらく唯一のアクション
・自分と地球とそこに住むたくさんの生命との対話、アースデイ・アクションを起こし、その活動を互いに知らせあい、大きな輪をつくりましょう


と謳われています。

かれこれ8年ほど前に、自身が上述のような不信の念を抱き、不誠実な社会への考えを巡らせていた時に気づいたのですが、”EARTH”は、スペルの順番を入れ替えると”HEART”になります。地球は「そこに住む人間の心次第で、いかようにでも変わるもの」だというアラートに見えてきます。「地球上の生きとし生けるものすべてがつながっている。生態系、空も海も、どれもが必ずつながっている。そして、過去も未来も現在も。」そういう心持ちであるかどうか。”Human”がその”先頭”に立って取り組んでいるかどうか、その立ち位置を問われている気がしてきます。

人間がこれまで幾度となく危機感を募らせ、時に世界約200カ国にも及ぶ”頭の良いお偉方”が参加し、環境分野での国際的な取り組みに関する行動計画・気候変動枠組条約・生物多様性条約が生まれてきましたが、結局は「実行」をしてこなかった、単なる茶番です。はっきり言って、”立派な大人たち”のシンプルな解決策の合意にさえ至らない、利害にまみれた複雑怪奇な「愚考」と「愚行」です。

まさにそんな想いを胸に、1992年のブラジル・リオデジャネイロで開催された「国連環境開発会議(地球サミット)」において各国の首脳の面前に立ったであろう、カナダに住む12歳の少女(当時)、セヴァン・カリス=スズキの鋭いメッセージを一部抜粋にて紹介します。

▼92年のリオ地球環境サミットでのセヴァン・スズキさんのスピーチ全文(2011年1月13日朝日新聞デジタルより抜粋・引用)
ECOを代表してお話しします。
ECOというのは、子供環境運動(エンヴァイロンメンタル・チルドレンズ・オーガニゼェーション)の略です。カナダの12歳から13歳の子どもたちの集まりで、今の世界を変えるためにがんばっています。あなたがた大人たちにも、ぜひ生き方をかえていただくようお願いするために、自分たちで費用をためて、カナダからブラジルまで1万キロの旅をしてきました。
(中略)
まだ子どもの私には、この危機を救うのに何をしたらいいのかはっきりわかりません。でも、あなたがた大人にも知ってほしいんです。あなたがたも、よい解決法なんてもっていないっていうことを。オゾン層にあいた穴をどうやってふさぐのか。死んだ川にどうやってサケを呼びもどすのか。絶滅した動物をどうやって生きかえらせるのか。そして、今や砂漠となってしまった場所にどうやって森をよみがえらせるのか。あなたは知らないでしょう。
どうやって直すのかわからないものを、壊しつづけるのはもうやめてください。
ここでは、あなたがたは政府とか企業とか団体とかの代表でしょう。あるいは、報道関係者か政治家かもしれない。でもほんとうは、あなたがたもだれかの母親であり、父親であり、姉妹であり、兄弟であり、おばであり、おじなんです。そしてあなたがたのだれもが、だれかの子どもなんです。
私はまだ子どもですが、ここにいる私たちみんなが同じ大きな家族の一員であることを知っています。そうです50億以上の人間からなる大家族。いいえ、実は3千万種類の生物からなる大家族です。国境や各国の政府がどんなに私たちを分けへだてようとしても、このことは変えようがありません。
私は子どもですが、みんながこの大家族の一員であり、ひとつの目標に向けて心をひとつにして行動しなければならないことを知っています。
(中略)
もし戦争のために使われているお金を全部、貧しさと環境問題を解決するために使えば、この地球はすばらしい星になるでしょう。私はまだ子どもだけど、このことを知っています。
学校で、いや幼稚園でさえ、あなたがた大人は私たちに世の中でどうふるまうかを教えてくれます。
たとえば、争いをしないこと、話し合いで解決すること、他人を尊重すること、ちらかしたら自分で片付けること、ほかの生き物をむやみに傷つけないこと、分かちあうこと、そして欲ばらないこと。
ならばなぜ、あなたがたは、私たちにするなということをしているんですか。
(中略)
お聞きしますが、私たち子どもの未来を真剣に考えたことがありますか。
父はいつも私に不言実行、つまり、なにを言うかではなく、なにをするかでその人の値うちが決まる、といいます。しかし、あなたがた大人がやっていることのせいで私たちは泣いています。
あなたがたはいつも私たちを愛しているといいます。しかし、私はいわせてもらいたい。もしその言葉が本当なら、どうか本当だということを行動でしめしてください。

心の叫びに、心が震えます。

ご一読いただきまして、ありがとうございました

それではみなさま、よいあけがたを!