2026.01.19

よのなか

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本日もあけました!
年始からはじまったNHK大河ドラマ第65作「豊臣兄弟!」。みなさんもご覧になっていますか?

昨日、第3話が放送されましたが、私は1話遅れの第2話を録画視聴したところで、とても印象的なシーンに釘付けになりました。それは、母「なか」が兄「藤吉郎」と弟「小一郎」の2人に言葉をかけた場面なのですが、放送直後から多くの共感のもとネット上でもすでに大きな反響があったようです。

今回のドラマは、激動の戦国時代において下剋上の乱世を治める偉業「天下統一」を成し遂げた豊臣兄弟の奇跡と軌跡の物語ですが、歴史に名を残した偉人の陰には、やはり偉大な母の存在がありました。
以下に、解釈も含めて名場面を振り返ります。

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小一郎は、8年前に村を出て侍の道を歩む藤吉郎から、一緒に侍となり清須に行こうとの強い誘いを何度も受けながら拒み続けていましたが、村の襲撃事件をきっかけに、自分を騙すように抑え込んでいた心の迷いが一気に噴出します。土地と身分に縛られた百姓として、大切な人と結ばれることもなく、ましてや自身や家族の命をはじめとした大事な人や土地・作物など、そのすべてを奪われかねない危険に晒されても、理不尽な世の中を甘んじて受け入れるようにこのまま生き続けるのか。

間近で小一郎の才能を感じていたであろう母は、きっと息子の心中を察するとともに「この力を開かせる機が訪れた」と考えたのでしょう。

暗闇でひとり物思いにふける小一郎の元へ声をかけに家の中から出てきた母は、力強く彼の背中を押しました。

「あんたの好きにしなさい。」
「藤吉郎には藤吉郎にしか、あんたにはあんたにしかできんことがある。それをおやり。」
「あんたにしか、できんことをおやり!」


朝日が昇り、小一郎の顔を明るく照らします。太陽を見つめながら

「行くわ。兄者と一緒に。」

自らの人生を歩む決意を固めた小一郎は、目を大きく見開き、心も開け放たれました。

「あんたら。どうせなら、うんと偉くなっておいで。」(なか)
「もちろんじゃ。わしが行くからには兄者を侍大将くらい、すぐにならしてやるわ。」(小一郎)
「お前、小さいのう。どうせなら、国持ちの大名くらいにはならんとな!」(藤吉郎)
「大名?」(小一郎)
「うーん!」(藤吉郎)
「あんたも小さいわ!」(なか)
「え、じゃあ。侍でいっちばん偉いと言えば~。将軍様っ!!」(あさひ)
「ハハハハハッ!」(家族全員)
「なれるわけないだろうが!」(小一郎)
「もっと上じゃ」(なか)


母はなにを言っているのかと、こどもたちが驚くような眼差しを向けた、その時。

「あれみたいにおなりよ!」

昇ってくる朝日をしっかりと指差し、真っすぐに見据えて言います。

「あんたらは、あのお天道様みたいにおなり。」
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正真正銘の”あなたらしいあたらしいがあけるとき” 旦(あけがた)を迎えました。

このやり取りを観て「世の中を明るく照らすお天道様」という言い回しが頭に浮かび、感じたことがありました。漆黒の夜の空をだんだんと明るく染めていく「夜(よ)の中を明るく照らすお天道様」という”夜”と”世”がかかった素敵な表現だな~と。

さらに、改めて今回のタイトルロゴについても考え至りました。そのデザインは、兄弟が共に築き上げた偉業でありながら、その「陰の立役者」である弟の存在の重要性を強調する「!」が、真っ赤な色味と力強い太さ・躍動感でシンボリックに表現されているものですが、この「!」の下の部分の「.」の赤丸が太陽に見え、そこから太い陽光が右上に向かって伸び、赤々と照らしているように感じるのは気のせいでしょうか?

昨年末の紅白に続いて今年の大河ドラマと、そのロゴやストーリーにおいて、NHKと旦はなんだかご縁があるように思えてなりません。ともに暗い夜の世の「あけがた」をあけてまいりましょう!

ご一読いただきまして、ありがとうございました

それではみなさま、よいあけがたを!