2025.12.17

有人

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本日もあけました!
今日も「○○の日」シリーズです。1903年12月17日、ライト兄弟(ウィルバー・ライトとオーヴィル・ライト)が世界ではじめて有人動力飛行を成功させた偉業を記念し「飛行機の日」として制定されました。

この自作の飛行機による人類初の有人動力飛行が成功を収めたのは、アメリカ・ノースカロライナ州の地でした。ところが、なんとこれに先立つこと10年前の1893年、日本の地で二宮忠八(陸軍軍人)が有人飛行機を考案していたのです。1891年に約10mの無人飛行をすでに成功させており、世界初の有人飛行を夢見て計画していたものの、当時それを理解し応援してくれる存在はいなかったために、残念ながら幻と消えてしまったのです。

国立国会図書館「本の万華鏡」によると…(以下要約)
 二宮忠八は独自の研究を重ねて飛行機の開発を目指し、1894年8月に飛行機の開発を促す上申書を提出。その完成予定図では、自転車のような足踏み式の人力飛行機として描かれていたものの、より強力な動力として、エンジンを設置しようとの考えがあったようです。しかしながら、日清戦争の最中ということもあり、上申書は上層部から却下されてしまいます。軍を退いた後も有人飛行を目指して研究を続けましたが、ライト兄弟が飛行成功したことを知り、開発を断念してしまった・・・というのです。
つまり、もし二宮の上申書が受け入れられ開発が実現していたら、ライト兄弟に先駆けて、人類初の動力飛行を成し遂げていたかもしれなかったという、なんとも切なく勿体ない話です。

いつの時代も評価する側の見る目がない、評価する力がないことによって潰されたり埋もれたりしてしまう才能や取り組みがあります。二宮忠八さんの有人飛行の実現・成功の上で本当に必要だったのは、なによりも良き理解者として全力で応援してくれる友人だったのかもしれませんね。

ご一読いただきまして、ありがとうございました

それではみなさま、よいあけがたを!