2025.12.09
ヒニク
-111-
本日もあけました!
今年最後の一大イベントとも言えるクリスマスや大晦日が控えていますが、一方で、年末は大掃除など新年を意識しながら過ごす時期でもあります。そう考えるとなんだか不思議な期間だなぁと改めて感じます。「今年」と「来年」を意識の上では跨ぎながらフライング気味に新年・お正月の準備・仕込みをしている特殊な感覚がある気がします。
そして、ほかにも人間の意識と実際の時期の「ズレ」が年々大きくなっているものが多いように感じられます。
・クリスマスのイルミネーション
・クリスマスケーキの予約販売
・おせち料理の予約販売
・成人式の前撮り
・七五三の前撮り
・卒業袴の前撮り
・ランドセルの予約販売
・受験や受験勉強の開始時期
・習い事の開始時期
・就職活動の開始時期(インターンシップ・内々定)
・お墓の購入時期
などなど、ほかにも思い当たるものはたくさんあると思います。
混み合う旅行関連の予約など早くから計画を立てて手配しなければ、直前では全然空きがなく身動きも取れなくなってしまうなんてことはよくありますが、そういう感じがすべての”ライフイベント”に共通して起こっているようです。
少し危険だと思うのは、「意識が今を向いていない=今を生きていない」ということです。先回りして動くのは安心であったり、効率がよかったりする面があるとは思いますが、一方でいつも将来に意識が持っていかれてしまって、現在がおざなりになっている恐ろしさがあります。食べ物で言えば、「旬」があって、その季節感とともにその時にしか味わえない貴重な実りの時間をいただいている幸せがあるわけです。でも、そんな食物も人工的な技術の進歩によって、その多くが年中食べられるようになり季節感を失ってしまいました。それはとても便利になった反面、「有難い」という感覚は喪失しています。「有難い」の反対は「当たり前」。要はすべてが「当たり前」という考えに蝕まれているのではないでしょうか。
こどものことで言えば、たとえば小学生時代 ‐特に低学年であればあるほど- に勉強よりも遊びの時間の方が多かったはずの大人たちが、なぜか自分のこどもたちからは遊びの時間を有無を言わさず奪っている。こどもの時にしか経験することのできない有期の(有難い)歳月を存分に謳歌できなかった時、こどもがどんな成長をすることになるのか、果たして幸せなのか、そういったことを深く考えず「今からやらないと間に合わない」「周りがやっているから」という強迫観念だけで「今の時代はそれが当たり前」とばかり自分の頭で判断することなく突き進んだ結果、10年後20年後にとんでもない愚行だったと気づいても取り返しがつきません。
この風潮は、あらゆる領域における「外注」依存の精神性によって生まれ加速されているのだと思います。クリスマスケーキなど最近では物価高騰により「プレーン」のケーキが販売され、一定の人気があるようですが、材料を工夫しながら家族が好きなものをトッピングしてつくるケーキは、きっと生涯忘れ得ぬ、楽しく幸せな記憶に残る美味しさでしょう。おせち料理にしても、鏡餅にしても、こどもに教えることも、昔は家の中で手間暇かけて手塩にかけてやっていたことです。そういう想いを巡らせてみると、物価高騰が人間らしい生活の原点回帰につながるなら決して悪いことばかりではない。むしろ豊かな精神性を取り戻し育むことのできる貴重な機会を与えてくれている救世主なのかもしれないとさえ思えてきます。なんだか昨日の妖怪の話と通ずるものがありますね。
忌み嫌われるような”悪者扱い”の存在によって、「今を生きる」ことの大切さや「有難い」気持ちを思い出させてもらえるなんて、偏に人間が愚かであるが故というなんとも皮肉な話です。あ、今日は129だからヒニクな話になったのか?!
ご一読いただきまして、ありがとうございました
それではみなさま、よいあけがたを!
