2026.07.06

定性

-215

本日もあけました!
7月6日は、アメリカのロバート・S・マクナマラ氏の命日。ケネディ大統領に請われて米国防長官に就いた方ですが、ある言葉の由来として有名ですね。

マクナマラの誤謬】数字に囚われ、物事の全体像を見失うこと

・マクナマラ氏は、輝かしい経歴のスーパーエリートで、データ分析の天才
・ベトナム戦争の勝利に数字を駆使して臨んだ
・一方、数値では計れないベトナム人の愛国心やアメリカ市民の反戦感情に目を向けなかった
・結果、300万人以上の犠牲者を出す泥沼の戦争となり、アメリカを敗北に導いた

やはり”測り知れない力”が、極めて重要だと改めて感じます。学校も企業も ―社会の多くの組織が― 傾倒するのが「測れる力」ですが、その「単純明快な危うさ」を象徴的に示しています。
実際、ベトナム戦争における具体的な施策として、敵の戦死者の数を「ボディカウント」と称し、成功の尺度に設定したところ、それに伴う数値目標が掲げられ、軍が「部隊対抗のボディカウント・コンテスト」を行うといった非人道的行為につながるほどのエスカレートを招いたそうです。


これは、ニュースでよく耳にする、企業の不正行為とまったく同じですね。「成果主義」の名の下、数値目標を掲げて競争させたり、ノルマにして強制したりすることで、現場はその達成のためには時として手段を選ばず、常軌を逸した行動まで引き起こします。

実際、戦果における「敵軍」の定義は曖昧で、ベトナム戦争では民間人が武器を手に取ることも多かったことから、「兵士」とみなせば数値目標の達成やコンテストでの優勝は容易になります。また、数値を設定した張本人のマクナマラ氏自身、ある時期からは「軍事行動だけでは自殺行為に等しい」との考えに至りながらも、大統領に戦争継続を厳命されたことには背けず、データ分析の天才が”怪しい戦果”の危うい数字から逃れることができなくなっていたようです。

マクナマラ氏は晩年、将来の世代に対して、その過ちについて説明する義務があるとして告白した際に、「11の教訓」を新世紀へのメッセージとして発したと言います。なかでも、私が強く共感したのは…

「理性は助けにならない」
「自己を越えた何かのために」
「目に見えた事実が正しいとは限らない」

いわゆる理屈や数字では明確に示しにくい、定性的な観点が全体を捉える上で非常に重要であり、あるいはデータによる分析や戦略が間違っていた際に、定性の側面こそが見落としていた本質を捉え直す助けになるでしょう。

そして、こどもを育てる上でも肝に銘じておくべきと感じた教訓は~

「人間の本質は変えられない」

自分の思うようにしようと捻じ曲げてはいけない。捻じれは、いずれその反動を引き起こしてしまいます。

そして、最も厄介な真実は

「人は善をなさんとして悪をなす」

ですね。まあ、どの教訓も私自身が常日頃感じていることで、再三このアケガタログでも綴ってきたことと大いに重なっていますが、これは特に人間の愚かさを突いていて、矛盾に満ちた滑稽さを表しています。
国家も企業もその活動成果を挙げる上では同じ構造に陥ります。上長や先生と呼ばれるような”エライ”立場の人が、自分を正当化するあまり悪の指示を出すに至ることもあれば、盲目になり本当に良かれと思って事態を悪化させるといったこともあり、それが当たり前のように横行しています。残念ながら、こどもを育てる親も同じく。
人間は間違える生き物。だからこそ、一度見誤ってしまったとしても、せめて定性でもって訂正できる力があるか否か、が重要です。

ご一読いただきまして、ありがとうございました

それではみなさま、よいあけがたを!