2026.03.11

つぐ

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本日もあけました!
3月10日は東京大空襲の日、3月11日は東日本大震災の日。あまりにも対比的な日が隣り合わせであることに、色々と考えさせられます。

※以下、総務省HPおよび内閣府HP(出典元URL参照)から一部抜粋・引用の上、加筆(太字箇所)

▼東京大空襲
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/daijinkanbou/sensai/situation/state/kanto_11.html
・1945年(昭和20年)3月9日深夜から10日にかけて、アメリカ軍のB29爆撃機およそ300機が東京への大規模な無差別爆撃を『発動』
・周囲に焼夷弾を投下して都民の退路をふさぎ、その内側を無差別爆撃したため多数の死者が出た
・全焼家屋約26万7,000戸、死者約8万4,000人に及んだとされている(昭和37年警視庁史昭和前編)

▼東日本大震災
https://www.bousai.go.jp/kohou/kouhoubousai/h23/63/special_01.html
https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/hakusyo/chihou/r07data/2025data/r07czb01-08.html
・2011年(平成23年)3月11日14時46分頃、三陸沖の宮城県牡鹿半島の東南東130km付近で、深さ約24kmを震源に『発生』
・マグニチュード(M)9.0の地震は、日本国内観測史上最大規模、アメリカ地質調査所(USGS)の情報によれば1900年以降、世界でも4番目の規模
・死者19,775人、行方不明者2,550人(令和6年3月8日、総務省消防庁発表)

人間の狂気と自然の脅威。どちらも一瞬にして命も物もすべてを破壊する恐ろしい力であるものの、根源的に防ぐことができるはずの「起こした」人間の業と、完全に防ぐことのできない「起こった」自然の摂理。

防災とは言うものの、起こってしまう自然の活動を制止することはできない。人間にとっては地球が牙をむく瞬間であり、できることなら防ぎたいものの、残念ながら完全になくすことはできない以上、できるだけ被害を最小限にできるよう、関連して生じる人災を防ぐなど「減災」に取り組みながら「共生」するしか術がないことも事実です。

片や、今この瞬間も世界で国の首長が先導し引き起こしている戦争。交通事故など故意でなくても過失致死罪に問われるのに、明確な意思をもって罪のない幾多の命を奪う戦争では、その「正当性」のもと許容される大矛盾で、こどもたちの道徳の授業でどう説明がつくのか、まったく理解できません。人が人の命を公然と奪うことを防止する「防殺(ぼうさい)」で「共棲」することは永遠に叶わないものなのか…。

いずれも、実際に経験した人にしか本当の意味ではわからない壮絶さ、残忍さ、悲惨さがある中で、少しでも自分事として感じ、考えられるようになるには、やはり当事者や語り部の口から告ぐことで、その体験を後世に継いでいくしかないのでしょう。「経験に勝るものはない」とは言うものの、経験しなくて良いこと、過去の教訓(人の経験)を活かして同じ轍を踏むべきでないことはあるからです。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」 ードイツの鉄血宰相 オットー・フォン・ビスマルクー

最も愚かなのは、”経験にさえ学ばない”人間。そんな愚者に次ぐ愚者になってはならない。
人の経験から己の疑似体験につなげて学べるかどうかも、感性にかかっています。

ご一読いただきまして、ありがとうございました

それではみなさま、よいあけがたを!