2026.02.09
かわ
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本日もあけました!
昨日、東京都心でも雪が降り積もりました。
昨夕、日頃通る川沿いを歩いていたら、川の様子が一変していてビックリしました。雪化粧で一面が”白”に覆いつくされた景色になっていたのは当然として、かなり背丈が高く聳えていたような植物が恐らく雪の重みで圧し潰されたらしく、見通しが一気に良くなっていたのです。これまでも歩く度、以前は水が通っていた一帯が砂利になっていたり、草木が生い茂っていたところがゲリラ豪雨の激流でなぎ倒されていたりといった変化を目にすることはよくあり、日常的に川の流れが微妙に変わっていることには気づいていました。それが今回は、広範に視界を遮っていたものが一掃されたかの如く見事なまでの大変貌ぶりだったのです。
日々、川が少しずつ変化している様子を見るにつけ、まるで生き物のようであり、一日たりとも同じ姿ではなく、「諸行無常」を肌で感じさせてくれる身近な存在だと感じていました。それは森羅万象に当てはまることであり、人間もまた例外ではありません。ただ、人間は毎日変わっていることに自分自身気づいていない。周りの人も含めて、急激な見た目の変化やまるで人が変わったかのような心変わりを目の当たりにした際には流石に気づくものの、流れゆく日常においては、その小さな変化はほとんど間違い探しのようなレベルで見過ごされ、他人も自分も昨日・今日・明日と同じ人物であるという「前提」に立って接したり過ごしたりしているのが大半でしょう。
「人はそう簡単に変わらない」とよく言いますが、確かにその人の根っ子はそうそう変わらないかもしれません。その点でひとつの真実であるように感じますが、一方でその真相を川が教えてくれているように思えます。
川が本質的に川であり続けていることに変わりはない。突然、池や沼、湖や海にはならない。でも、実際の形として一日たりとも同じ姿はなく、刻一刻と変わり続けている。同じ川であることに変わりなくとも、昨日の川と今日の川はまったく同じそれではない。
だれもが日々時間を重ねゆく中、少なからず外からの影響を受け続けていて、またそういった「経験」が日々刻々と増え続けている中、自身の内の思考や感覚など進化や深化、新化が大なり小なり生じ続けているのです。そこに自覚があろうとなかろうと。
その真理を示してくれている川を見つめ、「今日の自分は昨日と同じではない」と自らの内面も見つめることを皮切りに、「明日はあたらしい自分」だとしっかり認識しながら、あなたらしくあけていきましょう。
ご一読いただきまして、ありがとうございました
それではみなさま、よいあけがたを!
