2026.06.01
スキのない
-208-
6月もあけました!
「タツキ先生は甘すぎる!」第8話を観ました。
タツキは、小さい頃、絵が好きだった。自由に表現できるから。
海音は、算数が大好きだった。パッとひらめく時が楽しいから。
でも、それぞれに親や先生の影響で、賞を獲ることなどに囚われるようになってしまい、結果ばかり期待されて苦しむようになってしまった。
どうしてこの世界は、社会は、学校は、家庭は・・・、 好きが嫌いになってしまう場所なのでしょう。
ユカナイの「中学卒業祭」の出し物で、海音も参加した人形劇に、こんな一幕がありました。
「ここってどんな国なの?」
「好きだと思う気持ちを、大事にする国じゃ。」
とっても素敵ですね。
でも、よく考えてみると非常に残念な話で悲しい気持ちになります。なぜって、これが「おとぎ話」として演じられているからです。つまり、もう現実世界においては「好きを大事にするのは到底叶わない」という周知の事実であり、夢物語になっているということですよね?! ”純粋な好き”を受け止めてくれない大人たちによって、こどもたちは好きを好きなままではいられず、いつしか諦め、埋もれさせ、忘れ去っていく。それ以上に最悪なのは、埋没させる隙さえ微塵もなく、むしろ好きを嫌いにまでさせられてしまうことです。
当の大人たちは、「こどものことを思って」という例の免罪符でもって、”自覚のないまま”あるいは”正当化のもとに”平気で踏みにじり、力で押さえこんでいく。好きがそのままでいさせてもらえる隙なんて与えてはくれない。そこにあるのは、大人たちにとっての好きだけで、親や先生の好みである”理想のこども像”をつくり上げて、喜び嬉しがっているという、あまりにも切なく罪深い事態です。
好きを好きのままでいられるという、こんなにもシンプルなことを叶えるのが難しい人間社会は、もはや透き通った心でみる力を失った大人という名の生き物の所業による顛末なのでしょう。
それではみなさま、よいあけがたを!
