2026.04.01
ミソ
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本日もあけました!
エイプリルフール。「ウソをついてはいけない」と教えられ、育てられる中、この日だけは公然とウソが許される日ですね。
その起源は諸説ありますが、有力説のひとつは次のようなものです。
4月1日に”罪のない嘘”をついても許されるという欧米発祥の風習で、「ウソをつくのは午前中」「午後にはネタバラシをする」「人を不幸にするウソはつかない」のがルール。
確かに、世の中全体のイベントとして、悪意に満ちてだれかを陥れたり、馬鹿にしたり、傷つけることが許されるものではなく、あくまで他愛もない”冗談”で、ウソをつく側もつかれた側も幸せになるような楽しく明るいものであるべきでしょう。
”ウソ”と聞いて自分が真っ先に思い浮かべるのは、「噓から出た実」です。出任せで発したものが、いつか本当のことになってしまうという意味ですが、私はこのストーリーが好きです。「言霊」に通じるものがあると思うからです。こんな風にも思うのです。「夢」というものは「嘘」と兄弟姉妹みたいな、時に非常に近しいものである、と。「夢」が壮大であればあるほど、だれにも信じてもらえず、非現実的な戯言と受け止められ、馬鹿みたいなことを言っていると思われてしまう点で、「嘘」と大して変わらないかもしれません。でも、「嘘」はだれかを騙すもので、そこが「夢」と決定的に違うのでは?と思われるでしょう。それならこんな見方もできると思うのです。「夢」は他人を騙すものではなく、自分自身を騙している。到底不可能だと思われるほど達成困難な大きな夢を叶えるには、「自分には絶対できる!」と暗示をかけるように、己を信じ、心の底から思い込むこと。即ち良い方向に”自分を騙している”と言ってもあながち間違っていないのではないでしょうか。前向きな言い方に変えれば「言霊(ことだま)」であり、まだ現実になっていないことを実際にそうしてしまう不思議な言葉の力は、「実にする力をもつ噓」として出現することだってあるわけです。
違いがあるとすれば、「意志」かもしれません。「夢」には心がこもっているが、「嘘」は心よりも先に口が立っている感じではないか。でも、放った言葉には一定の力があり、後から心が込められていくことだってあるでしょう。
そういうウソであれば、大歓迎です! むしろ、4月1日だけなんてもったいない。毎日が「フールデイ(Fools’ Day)」で、素敵な世界になるんじゃないかと想像すると、とっても楽しいですね。
ぜひ、日々みんなでウソをつきまくりましょう!! ルールはただ一つ。「未来をあける”ウソ”」というのがミソです。
ご一読いただきまして、ありがとうございました
それではみなさま、よいあけがたを!
