2026.03.25

カン

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本日もあけました!
最近、カラスが川で餌らしきものをついばんでいる姿をよく目にしていましたが、とても珍しい光景に出くわしました。

一昨日の夕方、川沿いを散歩していたところ、一羽のカラスが川の中州で砂利の中を突いたり、ほじくり返したりしているのを見かけました。これまで川で見たことがあるカラスは、比較的数羽でいる方が多く、単独でいるのも少し気になったのかもしれません。器用に大きな石をひっくり返す様子などに見入ってしまい、思わず近くに寄っていきました。近頃では、特に道端にいるカラスなど非常に図太く、至近距離を歩いても全然動じないことも多いので意外と近寄れるかもしれないと思い、小型のカメラを携帯していたこともあり、良い画を撮れればと期待しつつ距離を縮めたのでした。

ところが、食事中であったことや明らかに意図して近づいてきたと感じさせたせいもあったのかもしれません。一定の距離まで近づいたところで、パッと羽を広げて飛び立ってしまったのです。

その時、ハッとしました。広げた両翼にきれいな白いラインが入っていたのです。一瞬の出来事で写真に収めることもできず、目視での記憶では、翼に対して直角に真っ直ぐタテの白い線が格好良く見事に入っていました。
白いカラスの話は聞いたことがありましたが、部分的とは言え、白の混じったカラスを目にしたのは恐らく生まれてはじめてのことでした。かえって一部分というのも非常に珍しいのかもしれないと思い、ネット検索で調べたところ、やはり希少であることには変わりないようで、いくつかの説明を読んだ限りでは「カラスの白い羽はスピリチュアルなメッセージで”幸運・守護・転機・新生”」などの予兆だという類の内容が多くありました。

その真偽はともかく「部分白化」という現象の「突然変異」で、色々な要因もあるようですが、生物学的進化に違いないようです。
なんとなく以前から漠然と感じてもいたことですが、人間も同じ生き物でありながら、動植物に対しては「突然変異」という言葉を使う割に、人間自身に対して「突然変異」といった見方や言い方はほとんどしないように思います。
これだけ生物学の知見もある人間が、人類の「突然変異」という進化については見過ごしているのではないかという気さえします。

いつの時代も”みんなと違う、変わった”存在を「異端」「異質」「異常」「変態」扱いするのは、どこかネガティブでマイナスな意味合いが多く含まれている印象があります。本来なら、人間だからこそ、その広く深い知見をもって、過去の連続性や段階的な変化にそぐわない”突発的な進化”の予兆に気づき、類まれなる力として見出し、後押しすることができて然るべきなのにと思いますが、まあ実のところ、結局はまだその域には達していない未熟な動物なのかもしれませんね。否、むしろその予兆に気づける感性が失われているという重大な問題があるという見方が正しいかもしれません。知識という名の、頭でっかちで理屈に満ちた思考回路では、直感の働きが鈍くなって埋もれていき、時に消失してしまっているのではないでしょうか。

「勘が良い」という”勘”で想起されるのは、たとえば”山勘”という言葉のように「第六感の直感で判断する心のはたらき」があると思いますが、辞書では「かんがえる」という意味が先に立っているのです。
有名な映画のセリフに、”Don’t think, feel!”~考えるな、感じろ!~がありますが、日本語的には「勘えろ!」の一言で済みますね。

「頭で、心で、かんがえろ!」

ご一読いただきまして、ありがとうございました

それではみなさま、よいあけがたを!